【市ノ川鉱山】
西条市にある市ノ川鉱山は
日本屈指のアンチモン鉱山として
昭和二十年代まで栄えたが
昭和三十二年、事実上閉山している。
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その始まりは少なくとも江戸時代であることが
確認されているが
さらに古い文献によると
奈良時代に伊予の国から朝廷に
アンチモン鉱物が献上されたと書いてあるようで
もしかしたら
日本最古の鉱山の一つかもしれない。
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外帯である三波川変成帯に位置し
結晶片岩や礫岩(市ノ川礫岩)中の熱水鉱脈に
石英の脈ができる。
脈の幅は三十ないし四十センチから
太いものでは一メートルに達するものもあるという。
その石英脈中のガマ(空洞部分)に
輝安鉱のマテ(柱状結晶)が育つのだ。
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輝安鉱はアンチモンの主要鉱石であり
ここの輝安鉱は日本一の大きさと美しさを誇る。
大きいものでは六十センチを超えるものも出たという。
鉱石としての価値しか考えなかった鉱山側は
盗難を恐れ
大きいものは折ってから外に出したとも言われており
そうした中には
九十センチを超えるようなものも
あったと言われている。
本当にもったいない話である。
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立派な結晶の多くが海外に流出しており
ファンとしては誇らしいやら
嘆かわしいやら
複雑な心境になる。
代表的な流出先としては
イギリスの大英博物館や
アメリカのスミソニアン博物館など。
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日本では
糸魚川のフォッサマグナミュージアムや
東京上野の国立科学博物館のものは
実際に見てきたが
愛媛県の総合科学博物館や
京都大学博物館や
三重県総合博物館には
三十センチを超える柱状結晶が展示されているという。
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また
東京大学総合研究博物館には
全長二メートルを超すこんなものが
置いてあるようなので
ぜひ、見に行ってみたいものである。
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鉱山の話に戻るが
坑道の数は多く
「鰻坑」「岩屋坑」「本番坑」
「大鋪(おおしき)坑」「旭坑」「幟立(のぼりたて)坑」
「所後(ところご)坑」「大平見(おおひらみ)坑」
「槻谷(けやきだに)坑」「沼田(ぬた)坑」「千荷(せんが)坑」
「大盛(たいせい)坑」とあるが
自分が未熟なのかもしれないが
「〇〇坑」まで明記してある輝安鉱の標本に
お目にかかったことはない…。
ラベル作成・調査には必携のこの・・・
「総覧」でも
坑道についてはまったく触れられていない。
つまり
用がない…ということだろう。
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輝安鉱の優良標本
【市ノ川鉱山】 |
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